お馬さん

 

 

 

なんて青が気持ち良いんだろう

 

梅雨を裏切るような爽快な空と乾いた風に、つい顔がほころぶ

 

 

 

 

たった今 玄関に飾っている粘土製のお馬さんに手を合わせた

 

小学5年くらいの時

 

父兄参観の授業で父さんが作った人形だ

 

橙色の粘土で、確か親子で動物を作るテーマだったと思う

 

 

今でもその光景を鮮明に覚えていて、

 

父さんは粘土を手にすると、すぐさま四つん這いの脚を作り出した

 

 

 

体がくっつくくらいに、というか時折くっついて

 

そばで座っていた記憶がある

 

半袖だったから、夏だろうか

 

 

 

胴、顔と進めていくのを観察しながら、私も真似していく

 

顔に耳がぴょこっと二つ立って付けられたので

 

私も同じようにしてみる

 

 

面長な顔立ちだったその動物を、私は馬だと認識して

 

 

ふた回りほど小さなお馬さんを作っていく

 

馬の絵なんてほとんど描いたことも、そもそも どんな姿だったかもあまりわからないまま

 

なんとなく手を進めていくけれど、

 

どうやったって犬になってしまうので苦戦した

 

 

 

父さんのは逞しげで、それらしさを感じるような肉付きだ

 

 

私は父さんのお馬さんに

 

粘土を細くちねって、たてがみを付け、途中からヘラで擦って筋を入れた

 

 

毛がふさふさしているのをイメージしたけれど、

 

どう形作ればいいかわからず

 

楽して筋をたくさん入れることでそれに見立てた

 

 

 

そうして親子馬は生まれた

 

 

 

しばらくはどこかへ仕舞っておいた

 

 

私や私たち家族は、父さんと不仲であり

 

特に私以外のみんなはそうだ

 

 

父さんは、しつけという罵声や体罰で私たち子供を育てたし、

 

それ以外の術を知らない人だった

 

 

一方で母さんは、愛を包容力で示す人だから

 

二人は相反する生き方と子どもの教育方針だった

 

 

 

兄姉はグレたし、私も散々捻くれている

 

 

 

毎日家の誰かが怒鳴り声を浴びたし

 

父さんが物を投げたり、壁や床を殴る蹴る音が響いたり

 

ドアを暴力的に締めたり

 

家のどこかにいれば間接的にも八つ当たりされた気になった

 

 

 

あぁ、きっと大きな音に恐怖を覚えるのはこれらがトラウマだろう

 

ついでに舌打ちも死ぬほど嫌いで耳障りだ

 

 

 

泣くことも飽きてしまえばよかったろうに、

 

それしかできなかったのでひたすら顔をひん曲げて喚いて

 

服は汗と涙と鼻水でびしょびしょになった

 

 

 

物の儚さはそれで知ったかというと、全部そうではないと思うけれど

 

蹴られたドアや壁には穴が開いて

 

割れた器、絨毯に散らかったタバコと灰、酒の染み

 

目障りとされるものはすぐゴミ箱へ放られるし、そうしてやると脅された

 

 

 

 

悲愴に暮れながら、時折 お馬さんを取り出して見つめた

 

 

私が作った子馬は、部屋を掃除した時にいつだったか捨ててしまい

 

今さら取っておけばよかった、なんて小さく後悔するけれど

 

一体遺っているだけでも十分だから、あまり気にしていない

 

 

 

父さんの作った親馬は取っておいた

 

 

いや、捨てられなかったから

 

 

何度でも投げて壊してやろうって、勢いよく頭上へ振り上げるのに

 

手のひらから放せなくて、悔しくて全身が震えた

 

 

全てが終わってしまう気がしたから

 

一瞬でも輝かしい親子としての思い出が消えてしまう、とか

 

親馬がいなくなったら、私たち親子の愛の証明が

 

消滅するんじゃないかと思えたから

 

 

 

私の宝物

 

 

どの引っ越しの時も、必ず一緒に移り住んだ

 

 

ここ数年は、思い入れある地や場所で開催する展示会にも持参し

 

空間へ置かせていただいている

 

 

まさか、こんなにも早く遺品になっちゃうなんて

 

 

たいせつなお馬さん

 

いつもそばにいてくれてありがとうね

 

 

 

いつか、もしかしたら出逢えるかもしれない新しい命に

 

おじいちゃんと作ったんだよって教えてあげたい

 

出逢えなかったとしても、愛する家族と一緒に年を重ねていきたい

 

 

 

お母さんはお馬さんだと思ったんだけどね、

 

実はワンコだったかもしれないの

 

 

数年前の展示会へ持参した時、

 

尻尾がくるんって上に巻いてるから犬なんじゃないって言われて

 

 

確かにってすごく腑に落ちた

 

馬にしてはムッチリした脚付きだなぁと不思議に思っていたし、

 

なんで作ろうとしたのが敢えて馬だったんだってわからないでいた

 

 

父さんは犬が大好きだ

 

当時白い雑種犬も飼っていた

 

 

 

そう、だから、きっとワンコさん

 

 

 

でも、長いことお馬さんと信じてきたから、ずっとお馬さんでいいんだ

 

 

 

 

 

 

 

[ 写真 ]

 

ちょうど3年前チェコ・プラハの旧市街

 

ひと昔前の姿とおじちゃんはスマホで電話

 

 

 

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